結論
従業員の自家用車を営業車として使わせること自体は、健康保険・厚生年金保険・雇用保険の「加入要件」や「適用除外」に直接の影響はありません。
ただし、車の使用に対して支払う金銭(マイカー手当・ガソリン代等)が「報酬(賃金)」になるか、「実費弁償」で保険料算定の対象外になるかという点について、社会保険・雇用保険の取扱いに注意が必要です。
-
思考プロセスと根拠
ステップ1:論点の整理
ご質問から、法的に整理すべき論点は主に以下の3点と考えました。
-
自家用車を営業に使わせることによって、社会保険・雇用保険の適用除外・加入要件に特別な規定はあるか
-
自家用車使用に伴い支給する
-
「マイカー手当」「営業車手当」「車両借上料」等の定額手当
-
ガソリン代・高速代・駐車場代等の精算(実費)
が、社会保険の「報酬」・雇用保険の「賃金」に含まれるか/含まれないか
-
-
通勤も自家用車で行う場合の通勤手当の扱い(社会保険・雇用保険上の取扱い)
ステップ2:適用除外等の有無の確認(簡易判定)
まず、「自家用車を営業に使わせること」によって、健康保険・厚生年金保険・雇用保険の適用関係に特別な除外や特例が出てこないかを確認しました。
-
健康保険法・厚生年金保険法における被保険者の適用要件は、原則として
「適用事業所に使用される者」「所定労働時間・所定労働日数」などで決まり、移動手段(営業車が社有車か自家用車か)は要件とされていません。年金機構 -
雇用保険についても、被保険者資格は「31日以上引き続き雇用される見込み」「所定労働時間20時間以上」等によって決まり、やはり移動手段は要件に含まれていません。厚生労働省
したがって、自家用車を営業車として用いることを理由に、特別な適用除外や加入義務の有無が変わることはありません。
→ この点については、ステップ2で結論に至る(特別な除外なし)と判断しました。
一方で、「車に関する支払いが報酬・賃金に当たるかどうか」は、保険料算定に直接影響するため、ステップ3で詳細に整理しています。
ステップ3:詳細な法的解釈と計算(本質分析)
3-1. 社会保険における「報酬」と実費弁償
(1) 「報酬・賞与」の定義
厚生年金保険法・健康保険法における「報酬」とは、
「賃金、給料、俸給、手当、賞与その他いかなる名称であるかを問わず、労働者が労働の対償として受けるすべてのもの」
(臨時に受けるもの及び3月を超える期間ごとに受けるものを除く)年金機構
とされており、名称が「マイカー手当」「車両借上料」であっても、**労働の対償として継続的に支払われれば「報酬」**です。
日本年金機構のQ&Aでも、通勤手当について
-「事業所の給与規定に定めのある通勤手当は、労務の対償として受けるものであると認められ、標準報酬月額の対象となる報酬に含まれます」年金機構
と明示されています。
(2) 事業主が負担すべき費用の「実費弁償」
一方で、厚生労働省の「標準報酬月額の定時決定及び随時改定の事務取扱いに関する事例集」では、
-
事業主が負担すべきものを被保険者が立て替え、その実費弁償を受ける場合、
→ 労働の対償とは認められず、「報酬等」に該当しない(例:出張旅費 等)厚生労働省+1
と整理されています。
また、テレワークQ&Aでも同様に
-
事業主が負担すべきものを労働者が立て替え、その実費弁償を受ける場合は、報酬等・賃金に該当しない
とされています。テレワーク総合ポータル
→ 整理すると:
-
「マイカー営業」のために必要なガソリン代・高速料金・駐車場代などを、領収書・走行距離等に基づき実費精算するのであれば
-
会社が負担すべき費用を従業員が一時立替しているだけ
-
社会保険上の「報酬」には含めない(標準報酬月額の対象外)
-
-
これに対し、
-
「営業車手当」「マイカー手当」「車両借上料」など、金額が固定で支給され、実費との対応関係が明確でない定額手当は、
-
通常、労働の対償としての性格が強く、
-
標準報酬月額の対象となる「報酬」に含めて取り扱うのが原則と解されます。厚生労働省+1
-
3-2. 雇用保険における「賃金」と実費弁償
雇用保険では、「賃金」は
「賃金、給料、手当その他名称の如何を問わず、労働の対償として事業主が労働者に支払うすべてのもの」厚生労働省
と定義されており、
-
その範囲について、
-
「実費弁償的なものでないこと」
-
「恩恵的なものでないこと」
-
などを要件として、実際に労働の対償と認められるかどうかで判断するとしています。厚生労働省
→ よって、雇用保険でも基本構造は社会保険と同じです。
-
自家用車使用にかかる支給が、
-
定額の手当(営業車手当・マイカー手当・車両借上料等)
→ 原則として雇用保険上の「賃金」に含めるべき -
ガソリン代・高速代・駐車場代等の実費精算
→ 事業主が負担すべきものの実費弁償として、賃金には含めない
-
となります。
離職時の基本手当の計算に用いる「賃金日額」も、上記の「賃金」に基づき算定されますので、給与計算上の賃金区分を誤ると、雇用保険料だけでなく将来の給付額にも影響し得る点に注意が必要です。厚生労働省
3-3. 通勤手当との区別(自家用車通勤+営業車利用の場合)
厚生労働省資料「通勤手当について」では、
-
通勤手当=通勤に要する費用を支弁するために支給される手当であり、労働の対償としての賃金の一部
-
一方、旅費(出張旅費等)は、通常使用者が負担すべきもので、現物又は実費弁償で支給されるため賃金にはならない
と明確に区別されています。厚生労働省+1
また、通勤手当については、年金機構Q&Aにて
-
「通勤手当は標準報酬月額の対象となる報酬に含まれる」
ことが再確認されています。年金機構
従業員が自家用車で「通勤も営業も」行う場合の整理イメージ:
-
自宅⇔事業所の移動部分
-
→ 労働契約上の労務提供地が事業所であれば「通勤」に当たり、支給する手当は通勤手当=報酬/賃金に含まれる。年金機構
-
-
事業所⇔得意先(営業先)等の移動部分
-
→ 業務遂行上必要な移動であり、当該移動に関する費用(ガソリン・高速・駐車場等)を実費精算する場合は「旅費=実費弁償」と解され、報酬・賃金に含まれない。厚生労働省+1
-
-
1と2を区分せず、「全部まとめてマイカー手当として定額支給」してしまうと、
-
通勤相当分+業務相当分が混在した金額全体が、社会保険・雇用保険ともに原則「賃金・報酬」扱いとなるリスクが高い。
-
-
根拠資料一覧(主なもの)
※URLは省略しますが、いずれも厚生労働省・日本年金機構等の公式サイト上の資料であり、引用箇所には本文中に資料名+出典として引用しています。
-
厚生労働省「標準報酬月額の定時決定及び随時改定の事務取扱いに関する事例集」厚生労働省+1
-
厚生労働省 テレワーク総合ポータルサイトQ&A「テレワークを導入した際の交通費や在宅勤務手当は社会保険料・労働保険料等の算定基礎に含めるべきでしょうか?」テレワーク総合ポータル
-
日本年金機構「標準報酬月額の対象となる報酬に、通勤手当は含まれるのですか。」Q&A年金機構
-
日本年金機構「在宅勤務・テレワークを導入し、被保険者が一時的に出社する際に要する交通費を事業主が負担する場合、この交通費は標準報酬月額の算定基礎となる報酬に含まれますか。」Q&A年金機構
-
厚生労働省「通勤手当について(通勤手当と旅費の違い等)」資料厚生労働省+1
-
厚生労働省「雇用保険における賃金日額の算定の基礎となる賃金の範囲(取扱要領)」厚生労働省+1
-
日本年金機構「厚生年金保険・健康保険に関する疑義照会回答(報酬の定義等)」年金機構
-
注意事項・リスク
-
(1)定額マイカー手当の取扱いリスク
-
実務上、「マイカー営業だから」という理由で「車両借上料」などを非課税・社会保険対象外のように扱ってしまう誤りが見られます。
-
上記の通り、実費に対応しない定額手当は、原則として報酬・賃金に該当すると解されるため、社会保険料・雇用保険料の賦課漏れ(後日調査時の追徴)のリスクがあります。
-
-
(2)実費弁償と見なすための実務要件
-
実費弁償として安全に取り扱うには、
-
会社負担とする費用の範囲(ガソリン・高速・駐車場等)
-
対象となる使用範囲(「営業上の移動に限る」等)
-
精算方法(領収書・走行距離記録の提出、精算書の保存)
-
通勤部分との切り分け方法
を就業規則・賃金規程等で明文化し、証憑を保存する運用が必要です。
-
-
-
(3)通勤と営業の区分が曖昧な場合
-
「自宅から直接得意先へ行く」「直帰が多い」等の場合、どこまでが通勤でどこからが業務上の移動か、実態に即した整理が重要です。
-
区分が不明瞭なまま定額支給していると、全額が賃金と認定されやすくなることに留意が必要です。
-
-
(4)労災保険・自動車保険との関係(ご質問外だが実務上は重要)
-
ご質問は社会保険・雇用保険に限られていますが、自家用車を業務で使用させる以上、業務中の交通事故は原則「業務災害」として労災保険の対象となります。
-
あわせて、自動車保険の契約が「日常・レジャー使用」なのか「通勤・業務使用」なのかなど、保険会社との契約条件の変更が必要な場合があるため、労務・総務だけでなく、経理・リスク管理担当とも連携しておく必要があります。
-
-
(5)個別事案による結論の変動可能性
-
「マイカー手当」の算定根拠(走行距離×単価など)が実費水準にどの程度連動しているか、
-
特殊な勤務形態(完全直行直帰、在宅勤務+営業等)
によっては、個別の事情に応じて「賃金性」「実費弁償性」の判断が分かれ得る余地があります。 -
実額と大きく乖離した高額な支給は、実費弁償と主張しにくく、将来の調査で「賃金」と認定されるリスクが高い点に注意してください。
-
0 件のコメント:
コメントを投稿